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Essay 「転生したら」

 「転生したら xxx だった」といったタイトルの本をあちこちで見かけます。転生ものは、キャラや舞台によって作品の特徴や読者の視点が変わるので、バリエーションが増えやすく、それだけ読者が自分の好みの作品に出会えやすいのが特徴です。それに何と言っても、転生は“妄想”の世界。現実世界や普通の自分から離れて、非日常を体験したい、チート能力で無双したいなどの人間の欲望や憧れが具現化された世界です。転生もの作品の人気が根強いのも当然です。とは言っても、最近になって転生もの作品が急に増えたわけではありません。昔から文庫でも漫画でも映画でも出ていました。昔の作品はタイムトラベルに近いものが多く、戦国時代や幕末などの歴史の動乱期を舞台にしていることが多いです。歴史は、登場人物や場面、ストーリーなど舞台がすでに整っていて、さらに、劇的なシーンも多いので、入りやすい世界なんだろうと思います。

 歴史を舞台にした話は想像しやすいので、タイムトラベル的に歴史上のどこか(戦国時代が多いのかも)に転生して、“自分だったら...”と考える人は少なくないと思います。自分自身が王様になるも、サポート役に回って主君に天下を取らせるも、商人になって大金持ちになるのもいいでしょう。妄想は人の数だけ、様々なシチュエーションとして湧き出てくるはずです。それではここで、タイムトラベルを真面目に考えてみましょう。とは言え、相対性理論、ワームホール、ウラシマ効果などの物理学の話は置いておきます。転生したときに、“自分は何ができるのだろう?”と。例えば、“織田信長が天下統一”というポピュラーな妄想のために、本能寺の変を阻止しようとします。できるでしょうか?側近武将に転生したら可能かもしれません。もし、一般人だったら?どこの誰だか分からない人に、いきなり「本能寺の変が起こるから本能寺に行かないでください」と言われて、「分かりました」となるわけがありません。そもそも信長に謁見することが不可能で、伝言も渡せないでしょう。自分の言葉を信じてもらうには、自分が信用できる存在だと相手に認識してもらう必要があります。豊臣秀吉の言葉は届いても、草履取りの頃では無理でしょう。ある程度の時間をかけて、実績を積む必要があります。いや、そもそも、どうやって信長に近づくのか?つまり、スタート地点で、信長が興味を持つような話題(金品でも、実績でも、領土でも)が必要で、それを信長の耳に入るように(謁見できるように)仕向け、謁見の機会にもっと興味を持たれるように仕向け、話を聞いてもらえる立場になって、予言のような話をまともに聞いてもらえるほど信用されて、ようやく、本能寺の変の話を信じてもらえるようになるでしょう。そして、これを本能寺の変が起こる前までに完結させる必要があります。これはかなり大変です。他の時代や場所でも同じで、また、ことが大きければ大きいほど(天下統一とか、世界征服とか)大変になるのが想像できます。知識を持っているだけでなく(ここでは、歴史を知っていること)、使い方・見せ方が重要でしょう。一方で、“技術”はいきなりでも与えるインパクトが大きい。その時代にはない医術で人を助けた、見たこともない美味しい料理を作った、機械で空を飛んだなんて話は、有力者の耳にすぐに入るでしょう。また、会ってみたいと思わせる魅力があるでしょう。中世で錬金術が流行ったのも同じです。相手から近づいてくるのですから、相手の懐に入ってしまえば、いくらでも話を聞いてもらえやすい。そう考えると、技術者の方が転生には有利ではないでしょうか。

 現在、少年漫画では、全人類が石化して文明が滅んだ後の石の世界(ス トーンワールド)で、石化から復活した主人公がゼロから文明を再構築するストーリーが連載中で、技術の流れを面白く魅せてくれます。一種の、現代人が石器時代に転生したような話です。衣類の作成から始まって、農業やって、なんやかんやで飛行機まで登場しました。野山にあるものを使って、現代の技術知識で作り上げていきます。“もの”と“使い方”を知っているからできることです。実際、スマホが便利なのはみんな知っています。残念ながら、その知識は石器時代では役に立ちません。でも、素材や仕組みを知っていて、ものを作る技術があれば、石器時代でも類似品は作ることができるでしょう。原始的なスマホ(漫画では背中に背負ってます)でも、石器時代の人たちには魔法か何かにしか見えません。そしたら、一躍、王様にだってなれるかもしれません。技術をベースにしたストーリーもなかなかに面白いように思います。ほかの“技術”でも、舞台を選ばずに活躍できる手段になるでしょう。もちろん、知っているだけでなく、使えることが重要ではありますが。タイムトラベルや転生は、非日常を楽しめる(自分に都合のよい)妄想の世界です。単純に楽しむのもありですが、その先で“自分は何ができるのだろう?”、“自分はどうやって生きていくか?”まで想像を膨らませると、いつもと違う新たなストーリーが展開できて面白さが増すのではないでしょうか。